両親、妹、老い先短い祖父母
両親はほぼ確実に私より先にあの世へ行く
私は片手で足りるだけの血縁者からしか愛を受け取れず一生を終える
17歳で己の底を知った気がした
うわべだけの、疎外感のある友達付き合い
中高通じて同年代の女性と会話するという経験が一度もない
大学進学にも希望がない
殊に人付き合い、なぜか周りのように上手くできないのだろう
自分の人格・能力の何が劣っているわけでもないはずなのに
少々消極的なタイプなのかもしれないがそこまで致命的とは思えないのに
孤独の星の元に生まれてきたとしか思えない
誰も彼も私に愛を与えてくれる気配がない
自分という存在に対する無価値観
宇宙に浮かぶ塵として、ただネット上のコンテンツを消費して寿命の終わりを待つのみ
高校3年の冬、授業でドキュメンタリー番組の録画を見た
凄腕の外科医が治療困難な患者の手術を請け負って感謝されている
別の機会にまた別の外科医のドキュメンタリー
しかもこちらは途上国のNPOの代表で、報酬を受け取らずに手術をしている
曰く「自分のやった行為によって他人が喜んでいる姿を見れば、自分は他人を喜ばす価値のある人間だと自己認識するでしょ。たくさんの自己認識を重ねていって、自分というもののイメージを作っているわけですね。自分というものの価値を作っているわけでしょ」
このお医者さん、金銭どころか患者からの感謝すら全く欲しがっていない
ただ患者が喜んでいる姿を自己満足に変えてるんだ
あ~なるほど、誰からも価値を認めてもらえないんだったら、自分で自分を認めてあげられるだけの価値ある行動を起こせばいいのか
自己肯定感なんて言葉も知らなかったあの頃、自分の人生に光が差したと思った
こじらせていたのは事実で、端的に言えば「自己愛を満たすために患者の病気を治したーい」
めちゃくちゃな解釈で受け取ってしまったが、この発見は絶望の淵にあって目の前に垂れた蜘蛛の糸だとしか思えなかった
その先の人生で愛を知ることとなるのだが、当時は想像もつかない
天涯孤独で仕事だけが生きがいという人生を歩むと決め込んでいた
ただ決して誤った道には進まなかったと、今は胸を張って言える